Yuko's Room ('16.07〜’16.12)

何の為に生まれてきたの?

「私は何の為に生まれてきたのだろう?」

記憶に残るところでは、小学二、三年年の頃からの私の最大のテーマです。

勿論、いつもそんなことばかり考えていたわけでもないのですが、
この大きな問いかけが根底にあるが故に、その他の様々な「?」は、
一過性の「なぜ ? 」で通り過ぎてきたように思います。


高校生になった頃、私のなかで確信したことがあります。
なぜ生まれてきたのかはわからないけど・・・

自分の意思で親を選んで生まれてきたと。


何かの教えに導かれたわけでもなく、何の根拠もなくそう思った訳ですが、
その思いは揺らぐことのない私の柱になっています。

その考えが正しいのかそうでないのかは分かりませんが、
世の中が悪いとか、育った環境が悪いとか・・・
思うようにならないことを何かのせいにする傾向がないのは、
その柱が影響しているように思います。

私の使命は何なのか、ずっと答えを見いだせないで、
もがきながら歩いてきたようにも感じますが、
最近は、無理に答えを探さなくても、
今立っている場所で自ら由るところに精を出して生きていれば、
天のはからいで、必要な時に必要な出会いがあるように思えてきました。


いかに早くゴールにたどり着くかより、遠回りしてもいい、寄り道してもいい。
いかに今歩いている道を楽しめるか、その事に心を配りたいと。

〜2016.07〜 

上善如水

夏になると、「水」が恋しいですね。

と言っても、私は、泳ぐのが苦手なんです。
泳げないわけではないのですが、仰向けになって水に浮かぶことができず
(即座に沈んでしまいます)、
ばた足なんか、同じ場所で永遠にバタバタしています(笑)

それでも、水には強い憧れがあり、
水のように生きたいと思っているくらいです。

「座右の銘」という言葉を知った頃、
私も何か座右の銘をと、色々物色して選んだ言葉が、

「上善は水の如し」

どんな器にもフィットする柔軟性があり、
普段は静かに流れていながら、時には岩をも打ち砕く秘めたる強さを持ち、
高いところから、常に、下へ下へ流れる謙虚さを忘れない、
これら水の特性が人間の理想的な生き方であるとの老子の教えです。


ところが現実は、その教えに反し、
器の選り好みはするし、低い所に身をおくどころか、
それとなく自分を認めてもらうために実績を誇示していたりと、
中々「水」には成りきれないのですが、
少しずつ、昨日の私よりは今日の私・・・
過去の私を水に流すという常套手段を使って、
自己嫌悪に陥る事を防いで心を浄化し、
よどんだ水にならないようにとは心掛けています。

私の水の流れに乗って、誰かが気持ちよく泳ぐ姿を思い浮かべながら、
一歩でも二歩でも水に近づこう・・・「千里の道も一歩から」by老子

〜2016.08〜 

言わざる

今年は申年ということで、年賀状に、
「見ざる、言わざる、聞かざる」と書かれてあるものが何枚かございました。

正義感に溢れるとまでは言えないまでも、何事も白黒はっきりさせたく、
間違っていると感じたことを見過ごす事に抵抗があった頃は、
この言葉が事なかれ主義のようで、マイナス的イメージが強かったのですが、
最近では、少し違います。


家族も含め、人と関わる中で、この言葉を意識して接するぐらいが、
丁度良いのかなと。

余りに距離が近すぎて、目に付いたり耳に障ったりすると、黙ってはいられないものですが、人それぞれ価値観も違えば物事の捉え方も違います。
たとえどんなに正論であっても、相手にとっては余計な一言かもしれません。

「言わざる」為に、目をつぶったり、耳を塞ぐ事も必要かなと思うようになってきました。


老婆心ながら言わせてもらえばではなく、
本来の老婆心切は、何も言わなくても、相手を信じ静かに見守りながら、
助けを求められた時に、そっと手を差し伸べる・・・
それだけでいいのかもしれません。
勿論、自分が責任を持てる範囲で。

少なくとも、私には、それぐらいの距離感が快適です。

〜2016.09〜

只今 準備中!

還暦を迎えたら、生活の在り様を変えようと思っています。
若い頃から理想としていた暮らしがあり、ずっと心の奥に封印してきました。

「晴耕雨読」の暮らし。

貯金があるどころか、住宅ローンも残っており、年金もまだ先、
それも無いよりはまし程度でしょう。
それでも、月のうち半分だけ働き、残り半分は、制約を受けない生活をしようと決めてます。

その為の準備期間は、あと4,5年。

今、出来る事として、ゆっくりと現在の生活スタイルを棚卸しすることから
始めてます。

私にとって必要なもの(こと)は何なのか。
たとえ手放せなくても、将来的にスリム化出来るものは何なのか。
特に、物に対してというより、習慣や姿勢にスポットをあてています。

掃除ひとつ取り上げても、勝手にしてくれる物までが登場する時代です。
コミュニケーションも、メールどころか、スタンプひとつで片付き、
何かにつけ、面倒な手順を踏まなくてもいいようになってきました。

一人で何役もこなしていた頃は、その恩恵に随分助けられましたが、
文明の進化により、便利になった半面、段々と使わなくなった機能は、
退化しているように感じます。

これから先は、時間も有り、そんなに便利でなくても充分です。
不便だからこそ知恵が生まれ、手が足りないからこそ、段取りが良くなるという一面もあります。

少し足りない中で、有り難さを感じ、心満たされている姿をイメージしながら、夢の暮らしに向かって、只今、準備中!

〜2016.10〜 

感謝の日

今月、私は、55回目の誕生日を迎えます。
時をほぼ同じくして、私の母も、84回目の誕生日を迎えます。

私達親子は、共に暮らしたのは、おそらく通算1000日あるかないかです。
20数年以上もの間、風の便りさえ、耳にすることはなく、
まさかふたりで語り合う日が訪れようとは、露程も思っていませんでした。


それでも、不思議なものです。
どこでどう繋がっていたのか、長い年月の末、気がつけば、いつしかすぐそばで暮らすようになっていました。
それだけ、親子の縁は深いということなんでしょうか・・・

近くにいながら、会うのは年に数回程度ですが、
今ではお互いのよき理解者として、電話やメールで、声を掛け合い、
助け合っています。


母の人生は波瀾万丈。
相当な修羅場をくぐり抜けてきており、
私を身籠もった際も、自然流産するように随分無茶なことをしたようです。
それでも私が産まれてきたものだから、
「あんたはお腹にいたころからのさっていた」と、
私の生命力の強さを、称えてくれてます(笑)

そんな気丈な母も、経済的にはあまり楽とは言えなくても、
今が一番平穏な時を過ごしているのではないかなと思います。
まだまだ元気でいてもらいたいです。

私自身、子供を出産した直後に思ったのは、
「お母さん、私を産んでくれて有り難う」

それ以降、自分の誕生日は、
母へ感謝のメッセージを届ける日となりました。

 「お母さん、私を産んでくれて有り難う。産まれてきて良かった。
どんな時でも幸せと思えることが何よりも有り難いです」

〜2016.11〜

幕間

早いもので、もう師走ですね。
今年はどのような年だったでしょうか。
私は、いろんな意味で「解き放たれた」年となりました。

シングルで出産した息子が成人式を迎え、
試行錯誤で向き合ってきた子育て卒業。

長年見守ってきた親族が、享年98歳で天寿を全うし、見守り役の終了。


破天荒な人生を歩んできた父と、伴侶も子供もいない三人のおば達に囲まれていた私は、おそらく本人達以上に、それぞれの老後を憂いていたと思います。

「四人まとめて面倒をみるぞ!」と一念発起したのが、23歳の時。
30数年の間に、紆余曲折はありましたが、その役目を終えホッとしています。


思えば、己れの存在する意味を見いだす為に、
誰かに必要とされる状況を自ら選び、生きる原動力にしてきたように思います。
生活力の両輪となってきた子育てと親族のサポート、同じ時期に終止符を迎えた事も不思議な感じがしますが、私の第一幕が終了しました。

あれだけ皆の老後を憂いていた私なのに、
自分の老後は、それほど杞憂していません。
きっと四人揃ってあの世から見守ってくれていることでしょう。
息子も、あと数年したら、追い出そうと思っています(笑)。

そして、ひとりになったら第ニ幕の始まりです。

昔と違い、もう誰かに必要とされなくても大丈夫な私がいます。
私が心ときめく事に目を向けながら、残りの人生を楽しもうと思います。

〜2016.12〜 
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