Yuko's Room ('16.01〜'16.06)

ぷかぷかと

新年明けましておめでとうございます。

清々しく、新たな年を迎える事が出来ましたでしょうか。
気持ち新たに、抱負や目標を掲げる人も沢山いると思います。

若い頃は、何処に向かって何をどの様に頑張ればよいのか、
やはり目標があった方が有り余るエネルギーをもてあそばずにすんだように思いますが、
50も半ばになれば、無理に目標を持たずとも、一日一日、その時を楽しみながら丁寧に過ごしていくのもいいなぁと、思い始めています。


ちょうど、大海にぷかぷかと浮かぶ小舟のように、
穏やかな波の時は、潮風の香りを味わいながら、のんびり波に揺られ、
荒波の時は、50数年間で培ってきた経験を本領発揮、
波に呑み込まれないように踏ん張りつつも逆らわず、
流れに任せて気が付けばこんなところに・・・
そんな生き方も悪くないなぁと。

こんな風に思えるのも、平和な日本で暮らせているお陰ですね。


これからは、徐々に「ねばならない」事を減らしながら、
好きなこと、やりたいことを優先してゆきたいなと、
そんな思いで新たな年を迎えました。


愛と光に満ちた年となりますよう祈りを込めて。

〜2016.01〜 

「一日は一生の縮図なり」

「一日は一生の縮図なり」by森信三

若かりし頃、心に残った言葉です。
あることがきっかけで、最近この言葉を反芻してます。

自宅や職場で、今、急に私に何かがあった場合、
このやりかけの仕事は、まだ取り掛かっていない作業は、引き継いでくれる人にどれだけ負担をかけずに済むだろうか。

そんな事を考えながら事にあたっていると、いかに今まで、明日でいいことはと後回しにし、雑に過ごしていたのか思い知らされます。

いかに普段、明日があることを、当然のように思っているのかを。

「今日出来る事は明日に延ばすな」という教えがある一方、
「明日でいいことは明日に」という教えもあります。

明日に延ばすくらいの気持ちで、悠然と構えながらも、
何事も溜め込まないよう、今日出来る事を一つ一つ完結させていくことの方が、結果として、ゆったり出来るように思います。


どう生きるかとは、詰まる所、どの様に一日を刻むか・・・
そういうことなんだと、段々わかってきました。

そうは言うものの、まだまだ「後で」を多発しがちです。
一日の終わりに、ゆったりと眠りにつけるよう、
徐々に「後回し」を減らしていこうと思います。

〜2016.02〜 

ケ‐セラ‐セラ

「ケ‐セラ‐セラ(que sera, sera)」

今まで、窮地に立たされた時に幾度となく私を救ってくれた言葉です。

初めて耳にしたのは、十代後半?
何語なのか、どんな意味なのか、気にも留めなかったように思いますが、
言葉の響きが、妙に気に入り、いつしか何か行き詰まると、
悶々とした気持ちを振り払うように、
「ケ‐セラ‐セラ」と口にするようになっていました。

「なるようになる」そんな意味だと知ったのは、随分後になってからです。
なるほど、
私は言葉の響きから、前を向く力を感じ取っていたのかも知れません。

その後も、万事休す(殆どが経済的な問題です)の時には、
積極的に口にしてます。

私達は、意識するしないに拘わらず、
沢山の人に助けられ、支えられて生きていますが、
人だけでなく、言葉の力も侮れません。
どんなに落ち込んでも、私の立ち直りの早さは、
この言葉の力によるところが大きいです。

重たい問題の時は軽く明るく、それほどでもない時は、丁寧かつ慎重に、
これが今までの経験から学んだ私なりの生き方のコツです。

「なるようになる」と言うと、一見投げやりな感じがしますが、
「ケセラセラ!!」と笑い飛ばしていると、心が軽くなり、
そのうちになんとかなっているから不思議です。

若い頃からこれ程お世話になっている言葉ですが、
それが、スペイン語で、アメリカ映画「知りすぎていた男」の主題歌だったと、
今回初めて知りました。
どんな映画なのか、今度TSUTAYAさんへ行ってきます(笑)

〜2016.03〜 

身心一如

ここ数年、風邪ひとつひかず、健康診断さえも受けていなかったのですが、
突然、歩くのもおぼつかないような腹痛に見舞われ、血液検査と尿検査、
簡単な腹部のCT、背骨と腰部のレントゲン撮影まですることに。

結果は、どの数値も完璧!
栄養状態も良好! 
背骨も骨盤もしっかりしており、絵にかいたような健康体でした(笑)

結局、腹痛の原因は、長時間座ったまま仕事をしている為、
臀部の凝りがひどくなり、それが腰部、腹部と及んだようです。
ひたすら臀部をほぐし続け、なんとか普通に歩けるように。

このように、時折、腰やら首やら、どこかしらフリーズしてしまう事は
あるものの、身体そのものは、50歳を過ぎてからの方が、
健康になっているようにさえ感じます。

それというのも、情緒が非常に安定しており、精神的な気楽さが、
身体にも良い影響を及ぼしているのでしょう。
たとえストレスを感じるような事があっても、
一人静かな時間を持てるようになったお陰でリセット出来、
何より、自分を責めないようになったのが、功を奏しているようです。

自分を責めるということは、それだけ相手を責めることに繋がっていると
気付かせてもらえるような出来事があったお陰です。

病気にしても、辛い出来事にしても、私達に何かの気付きを促す為のシグナルなのかもしれませんね。


毎日休みなく、一日24時間働いてくれている我身体に感謝して。

〜2016.04〜 

お裾分け

「汝自身を愛するように汝の隣人を愛しなさい」byイエス・キリスト


この言葉の意味を、今まで深く考えたこともなく、単に、
「人には思い遣りの心で接しましょう」
そのようなメッセージだと受け取っていました。

しかし、それでは肝心なことを見落としていると、
最近この言葉を目にした時に気づきました。

「汝自身を愛する」
全てはそこからなんですね。

私達は、人の役にたちたいとか、喜んで貰いたい、力になりたいと思うわりには、意外に自分自身を蔑ろにしている事が多いように思います。

子供の頃から、人には優しく、相手の立場にたって、と言われる事はあっても、自分に優しくとは言われてこなかったですもの。
自分の事が一番大切だと思うことに、
どこかしら後ろめたさがあるのかもしれませんね。

精神的に、色々な事から解放されつつある今だから言えるのかも知れませんが、何事も、先ずは、自己愛、自己肯定感がベースにあってこそ善行が活かされるのであり、
自分がいかに楽しく、心明るくなれるかということに意識を傾けていれば、
自分の幸せを、自と人にもお裾分け出来るのではと思うようになってきました。


人に優しく、自分にはもっと優しくです(笑)


〜2016.05〜 

後姿

「若者向けの政策に注文は?」

18歳の大学生に投げかけられた質問です。

「国や政府に要求するということから一歩進んで、自分たちが何をすれば政府が動くのかを思索中です。」

〜今夏から適用予定の18歳選挙権を受けての「若者と政治」をテーマにした
ある日の新聞記事より〜


何とも頼もしいと思いませんか!!

私が感銘したのは、若いのに政治に関心があるからということではありません。
人は育った環境や、今ある状況によって、それぞれ興味の対象が違うのは当然ですから。
たまたまこの青年は政治に関心があったのでしょう。

それよりも、「求める」前に、自分に何が出来るかという「与える」姿勢に、
心を強く打たれたのです。

これから社会に出ていく若者たちの税金や保険料の負担は、私たちの時代よりも増えるのは自明の理です。

将来、そんな彼らに支えられて余生を送ることになるわけですが、
私に世の中を変えるような働きかけをする気概はないものの、
あまり病院や薬のお世話にならなくていいように、
食事や運動に多少気を配りながら健康に留意し、
どんなご時世でも、楽しそうに生きてる後ろ姿を、
若い人たちに見せるくらいは、努めたいなと思います。

( せめて それくらいは )

〜2016.06〜 
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