Yuko's Room ('15.07〜’15.12)

柔軟心(にゅうなんしん)

赤ちゃんの肌は、柔らかくて、触れているだけでとても気持ちがいいです。
私達も、産まれた時は皆そうだったんですよね。

成長とともに、世間の荒波から身を守る為に、
いつの間にか身体も心も固くなってしまいました。


私はこういうタイプ、あの人はああいう人・・・
自分勝手に決め付け、思い込み、他人だけでなく、自分の心まで、
どれだけ傷つけてきたことでしょう。

こだわってはいけない、とらわれてはいけないと分かってはいても、
相手の言葉も行動も、経験知に頼ることなく真っ白な状態で
見たり聞いたり感じたりすることは、年を重ねれば重ねるほど至難の技です。


それでも、視点を変えてみようと意識するだけでも随分違うように思います。
私は、百分のーも、万分のーも分かってはいないと思うだけでも
素直な心に近づけそうな気がします。


柔らかいものやフワフワしたものに触れると、
とても心地よく優しい気持ちになれます。

柔らかい心で、相手の言動を包み込めたら、
自分も相手も傷つくことはないのかも知れません。

かなり凝り固まってきた心を、今一所懸命ほぐしてます(笑)

〜2015.07〜 
チャイブ : 花言葉 柔軟な心 素直

ただ それだけ

「後悔先に立たず」
あーすれば良かった。こーすれば良かった。
後になって思うことはよくあることです。


殆ど寝たきりになった父の意思を尊重し、自宅介護に踏み切ったのは、
14年前の8月のこと。

その少し前に、当時の勤務先から徒歩数分の所に移り住み、
それとなく準備はしていたものの
「会社を辞めなければとても無理」と、何度思ったことでしょう。

それでも、その時に出来る精一杯の事をしているつもりでしたので、
後悔することはないだろう、そう思っていました。

しかし、それは私の大きな驕りでした。

最期を見届けた後、
「やるだけのことはやったと、本当に言い切れるのだろうか・・・まだ他に選択肢があったのではないだろうか・・・」

どのような選択をしても、また、どれだけ力を尽くしても、
何かしら後悔はするものだと、この時思い知らされました。

後悔しても始まらないとよく言いますが、逆に、
後悔から始まるとは言えないでしょうか。
結果としての今を、人や何かのせいにしているうちは、それすらなく、
自分の事として受け入れようとしているからこそ後悔もするのでは。

最近では、後悔の仕方も、随分上手くなりました。
その時の私は、積極的であろうと、たとえ消去法的であろうと、
その選択がベストだと判断したのだから、それでOK!
力不足だった事は、「ごめんなさい」
それで終りです。

気のすむまで思いを巡らせたあと、行き着くところはいつも同じです。

「今、やれることをやる。 ただそれだけ!」

〜2015.08〜 
カモミール : 花言葉       「逆境の中のエネルギー」 

TAKE IT EASY !

子供の頃、友達の家にはカラーテレビが、しかし我が家は白黒、
「他所はよそ!!」

一方、学校の成績は、「人は人!!」とはならず、
なんとも大人は都合よく使い分けるものだなぁと思っていた私も、
ついつい人と比べて、喜んだり落ち込んだり・・・

思えば、家庭、学校、職場と、耐えず誰かに評価され、また自分も評価し続けてきたのですから仕方がないのかも知れません。
何か比べる対象がある方が評価しやすいですから。
誰しも、人に認められたいと思うのは、自然な感情です。
ただ、人の評価ほど曖昧で、あてにならず、そんなものに振り回される必要が、どこにあろうかと、最近思うのです。

一体、誰の為の人生?

人は皆、唯一無二の存在。
持っている道具も違えば、背景も違います。
同じ条件下で比較することも出来なければ、評価もする人の立場や主観で様々。
そう思うと、段々と他人の評価が気にならなくなってきました。
と同時に比べる事も少なくなり、変な優越感で慢心することもなければ、逆に、妬みやひがみで卑屈になることもなく、自尊心が保たれて心穏やかです。

若い頃からこんな風に思えていたら、もっと楽に生きてこれたんだろうなぁ~
しかし、今だからこそ言えることです。
比べる事が必ずしも悪いとは思いませんが、この気楽さを味わうと、
益々「人は人!」に拍車がかかってきます。

人生の後半戦は、気楽に参ります(笑)

「配られたカードで勝負するっきゃないのさ・・・それがどういう意味であれ」   byスヌーピー

〜2015.09〜 
ザクロ : 花言葉「優美・自尊心」

柳に風

「与えられたものを美しいものに変える」

いつどこで目にしたのか、或いは、耳にしたのか忘れましたが、
言葉だけは、私の心の奥深くに残っていました。

特に顔を出してくるのが、気分を害するような一言を投げ掛けられた時です。

女心と秋の空ではないですが、私達の気分は、周囲の影響を受けやすく、
ころころ変わりやすいものです。
「売り言葉に買い言葉」と、つい相手と同じ土俵に立ってしまい、
自分も負の感情を相手に与えてしまう時があります。
気分は人から人へと伝染すると言われる所以でしょう。

その度に、与えられたもの(相手の不機嫌)を、
どうしたら美しいもの(愛情ある言葉や態度)に変換出来るのか、
この言葉が脳裏をかすめるのです。

相手の機嫌は私の範疇ではないにしても、
いかに私の機嫌を損なわないようにするか・・・

美しいものに変えるということは難しくても、せめて、自分が嫌な気分を周囲に伝染させないように出来ないものか。

そこで私が出した答えは、相手の不機嫌を受け取らないという選択です。
柳に風といわんばかりに、聞き流す!

まだまだ訓練中ですが、上手く聞き流せた時は、
負の連鎖を阻止できているように思います。

聞き流しの術は、私の機嫌を取ることに一翼担ってくれています(笑)

〜2015.10〜 
秋の七草 「萩」

感謝

秋も深まり、歩道を覆っていた落ち葉が、
いつの間にか、綺麗に掃き清められていることに気づき、
顔みぬ人に、ふと感謝する時があります。

普段、当たり前のように生活していますが、
その中には、知らないうちに誰かがといった事が、
沢山詰まっているのでしょうね。

この顔が見えないというのが、とても有り難いことです。
見えてしまうと、つい、お返しをしなければと思ってしまうのが私達です。
返しきれそうにない時には、
感謝しながらも、負担になってしまうことさえもあります。


思春期の子供が親を突き放すのは、
親の無償の愛を負担に感じる心理が働いているからだそうですが、
たとえ相手に見返りを求めない行為であっても、
それがかえって相手にプレッシャーを与えてしまうこともあるのですね。

気付かれないうちに、さらっと気遣うのが、
相手にとっては優しいのかもしれません。

とはいっても、
昔は、誰にも気付かれないのも寂しいものだと思っていたのですが、
それは、その行為が、相手の事を思ってというよりは、
単に、自分の存在に気づいて欲しかっただけなのだと、
徐々に「我(が)」が薄れてきた今なら、わかります。


気づかぬうちに受け取っている数え切れない程の施しに・・・「ありがとう」

〜2015.11〜 

ゆるし

いよいよ今年も幕を閉じようとしています。

この一年は、年始のおみくじ「凶」をきっかけに、
内から沸き上がる様々な感情の背景に何があるのか、
時にはじっくりと向き合い、時にはさらっと流して、
意にそぐわない事があっても、
いかに楽しく、気分よく過ごせるか、その事に意識を傾けてきました。

その結果、身に付いたことがあります。

「決して自己を責めない。」

どの様な感情も、その存在を許し、全て私の一部であると認識出来れば、
やり場を失った感情だけが一人歩きをして、
暴走したり迷走するようなことはなく、
自ずと冷静さを取り戻すものだと、実感してます。


人は本来、自由な心を持って生まれてくるのだと思います。
ところが、生まれてこのかた、親を初めとして、
出逢った人達から受け取ってきた言葉により、
人それぞれ、何かしら植えつけられたトラウマがあるのではないでしょうか。

恐れや怒り不安など、ネガティブな感情の背景には、
そうやって失われた自尊心に気づいて欲しいという心の叫びがあるように
感じます。

心を解放し、自由を取り戻す為の架け橋が、「許す」という行為なのかも知れません。


もうすぐクリスマス。
自分へのプレゼントとして、
「ゆるし」から得られる心の自由を感じてみてはいかがでしょうか。

〜2015.12〜 
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